ネルソン・マンデラさんが日本時間の6日に亡くなられました。
95歳だったそうです。心からご冥福をお祈りいたします。
ぼくは幸運にもマンデラさんにお会いすることができたのですが、
そのときに感じたことを以前ブログに書きました。
以下は2010年5月にアメブロに書いた記事からの転載です。
ぼくがネルソンマンデラさんにお会いしたのは、37才のとき。
1990年10月のことでした。
マンデラさんらANC(アフリカ民族会議)代表団の一行が政府の招待で来日し、
それに合わせネルソン・マンデラ基金へのチャリティコンサートが開催されました。
ぼくはその出演者の一人として参加したんです。
当時ぼくは3人のアコースティック・パーカッションのユニットをやっていて、
他の出演者には忌野清志郎、爆風スランプなどの名前もありました。
全員がボランティアでの出演です。
当日、壇上を見ると、代表団がステージ奥にずらりと並んで座っていて、
アーチスト達はその前で演奏するという形でした。
お客さんの数は6000人を超えていたそうです。
嬉しいことに、ぼくらの演奏は観客を巻き込んでの大盛り上がりのうちに無事終了。
そして演奏直後、僕たちの後ろに並んでいた代表団の面々とご挨拶することになり、
そのときマンデラさんと握手して、少しお話しすることができたのでした。
それは僕にとって、とても印象に残るできごとでした。
マンデラさんが僕の目の前に立った瞬間、とても不思議な感覚を体験したのです。
「あの、マンデラさんが、目の前にいる!」
という興奮ももちろんあったとおもいますが(当たり前ですよね)、
でもそれだけではありませんでした。
演奏後のお客さんたちの大きな歓声ははっきり聞こえているのですが、
マンデラさんが前に立ったその瞬間、彼とぼくの周りだけに
「静けさ」とでもいうような不思議な気配がたちこめ、
一つの小さな空間が出来上がったんです。
つまり大歓声の中でもマンデラ氏の話す声がとてもよく聞こえたんです。
あの場でのマンデラさんの静かな話し声、あの気配はやはり
尋常ではなかった。
あれが、さまざまな苦難を味わいながらも
“為すことを為した人”だけがまとっている、
確たる雰囲気というものかもしれません。
彼が成し遂げたことの大きさ、信念の強さといったものは
ぼくも情報としては知っています。その業績はもう圧倒的なものですよね。
でもぼくにとって身近に強く感じたことは、彼の成し遂げたことより、
彼のたたずまいでした。彼の「あり様」が強く印象に残ったんです。
マンデラさんの人生は特別すぎて、すごすぎて、
自分の生き方と比べることなどまったくできません。
けれど、彼のことを思い出すたびに、あのたたずまいに
触れたときの感覚がよみがえってくるのです。
「あの感覚はなんなんだろう?」
今からおもうと、あれがぼくが覚技を通して「在り方」を探求し始めた、
大きなきっかけとなる出来事でした。
マンデラさん、安らかにご永眠ください。
☆.。.:*・゚★毎日を、発見の喜び満ちた日常に!★・*:.。.☆
気づきとアウェアネスの技術~覚技ワークス主宰★新海正彦